語らない自由、語る自由

カウンセリングにある誤解の一つに、カウンセリングでは、何もかも話さなければならず、また、たくさん話した方が良いとすることが挙げられるでしょう。

カウンセリングでは、自由に語っていただけることと同時に、語らない自由もあるわけです。触れたくない話題や、語ることに躊躇いを覚える話題など、語らないことを選択したくなることは誰しもあるものではないでしょうか。

語りのタイミングは自由

語りのタイミング

語ることに躊躇いを感じていたことが、自然な流れの中で、語られるという場合はあるでしょう。こうしたタイミングは非常に重要なことと考えており、やはり無理やりという形は取りません。

カウンセラーは、その人を尊重する態度でお会いする存在です。ならば、話したくないという気持ちも当然尊重すべきではないでしょうか。

時折、カウンセリングの中で、<無理にお伺いする時間ではありません>とか、<今日、全部でなくても良いのですよ>などとお伝えすることもあるくらいです。

一般に持たれているカウンセリングのイメージの中には、何もかも全て、自分の気持ちにあることを言葉にしなければいけない場というものがあるのかもしれません。

100年程前に、フロイトが、自由連想法といって、心に浮かんだことを全て話してもらうという方法を取っていました。もしかすると、このイメージなのでしょうか。

時間が決まっている中での語り

どこか別のページでも触れていますが、改めて時間が決まった中での語りという事が重要に思えて来ます。

もし、あまり触れたくないお話があるときには、人間の自然な心理として、その話題にあまり時間を使わないで済ませたくならないでしょうか。

50分の中で、最後の3分だけ、あっさりとしかその話題に触れない、と、このような語り方が可能になるわけです。これならばカウンセラーも、もっと話してくださいなどと追及する時間がないわけですから、無理やりその話をさせられてしまうことを避けられます。もし、時間延長が前提に合ったら、こういう語り方を奪われてしまうことになるのです。

語り以外の方法

語りには、そのこと自体に確かに大きな意味があるようです。ですが、時には語るということが、その状況にそぐわないという場合もあるもので、カウンセリングの方法も、語り以外の方法を構築してきた面も持っています。もっと言えば、我々は、語りを通して、その人の「体験」の方をテーマにしているように思います。

つまり、言葉でなくとも体験をテーマにする方法ならば、言葉によるカウンセリングと同様の意味合いを持てる可能性があるのです。

例えば、絵を介在する方法や、箱庭と呼ばれる方法もあります。また、遊びやダンス、動作を用いる場合もあるくらいです。子供のカウンセリングを行う場合には、言葉以外の方法が登場することは珍しくありません。しかし、子供だけではなく、言葉以外の方法が選択されることもまた少なくはないのです。

カウンセリングは自由にして安全な空間もご参照下さい。