馬鹿にしている?カウンセラーのオウム返しについて

オウム返しは、相談者の言った言葉を、カウンセラーが続けて繰り返すようなやり取りのことを指していると思います。

例えば、「昨日は、気持ちがすっきりせず、少しも眠れなかったのですよ」という相談者の発言に対して、カウンセラーが<すっきりせず、少しも眠れなかったのですね>と返すというようなやり取りの事を指すでしょう。

このオウム返しに関連して、カウンセリングの場面で嫌な思いをされたと感じている人は、やはり少なからずいらっしゃると想像しています。カウンセリングではアドバイスがないのか?、といった感想と同様に、多くある体験ではないかと思っています。

「自分としては、カウンセラーに疑問点を質問しただけなのに、質問の答えではなく、なぜか質問を繰り返されて、そのまま沈黙になった・・・」

こんな経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。一体、カウンセラーのオウム返しにはどのような背景があるのでしょうか。そこには、カウンセラーの基本的なトレーニングが関係してきているように思えます。

伝え返したり、要約する訓練

カウンセリングの実際的なトレーニングの中には、ロールプレイがあります。

実際の相談場面を想定して、カウンセリングを学ぶ者同士で練習をするものです。

その中では、例えば、相談者が話したことを、傾聴することとか、時に要約して伝え返したりすることを訓練のポイントにします。しかし、聴いた内容を正確に伝え返す事は非常に難しいものです。時に、オウム返しに終始することもあります。これにより、少なくとも、話を聴いていますよという態度を示すことはできるでしょうか。

そして、カウンセラーは自分の価値観や主観を押し付けてはいけないという態度も求められます。そうすると、どんな言葉を発して良いものかわからず、結果的にオウム返しが多くなってしまうということもあり得るのではないでしょうか。

オウム返しも、本来は言葉ではなく体験に添っているはず

カウンセラーは相談者の言った言葉を正確に理解することにエネルギーを使っていることには違いないと思います。ですが、言葉を理解するというよりは、体験を理解するということのほうがもっと適切な言い方であると考えています。

もしかすると、上記の様なオウム返しが続く中では、相談者は何かしっくりとこないものを感じている可能性はあると思います。馬鹿にされた・・・と感じてもふしぎではありません。

それがカウンセリングであるかと言えば、少なくとも本質ではないと考えます。あくまで、本質は、相談者の言葉の理解に終始しない、体験している事そのものへ添うということのほうにあるのです。

一方、オウム返しがその状況の中で最も体験に添うことに近い表現であるならば、こうしたやりとりが生まれる可能性もあるかもしれないと思っています。例えば、オウム返しをすることで、その話に真剣に耳を傾けていることが伝われば、その人の体験に添っているということにも繋がりかねないからです。

しかしながら、熟練したカウンセラーの応答はやはり自然なものです。初心者は特にですが、カウンセラーも力が入り過ぎてしまうと、どこかぎこちなくなってしまうものです。これは我々側の訓練の課題という事に他なりません。

明らかに場違いなオウム返し

例えば、「次回の予約は1週間後でどうでしょう?」という質問に対して、<1週間後の予約がどうかと思うのですね?>などと反応すると、コミュニケーションとして場違いなように思えます。単に、1週間後の予約が取れるかどうかを確認しているわけですので、そのことにオウム返しされるのはちぐはぐな思いをされることでしょう。

これらの点については、「体験に添う存在」、「答えると応える」のページもご参照下さい。

また修正点などあれば、後日補足致します。