モンテ・クリスト伯のラストシーンにおける共感と浄化

モンテ・クリスト伯というテレビドラマがディーン・フジオカさん主演で放送されていました。もうドラマはずっと前に終了していますが、再放送でダイジェストが放映されていました。

復讐に燃える主人公でしたが、そのラストは意外とも言える結末でした。

あのラストシーンを見て、青衣の女人のエピソードを思い出しました。

事情は違いますが、近いものを感じています。

モンテ・クリスト伯が確認を付けたかった、ただその一念とは

復讐を描いた作品であるには違いありませんが、それを挟んで、「あの愛の存在」を確認する物語だったようにも見えてきます。もっとぴったりとした言葉があるのだと思いますが、言い表すことが出来ません。

もしかすると、復讐の方が2番手だったのかもしれません。

もちろん、このドラマは復讐を描かないことにはラストシーンが際立ちません。

ヒロインが込めた全身全霊の共感

ラストシーンにおいて、最も得たかった反応が返って来たことによって、主人公の復讐心や怒りは、急速に浄化されるが如く消えていきます。

ヒロインの反応に嘘偽りがあったなら、物語は全く別な破滅的方向へ進んだことでしょう。(カウンセリングで言うところの、共感にも近い反応です→答えると応えるを参照下さい。回答することとは別な応え方が存在します。ヒロインは真正面から主人公の復讐心、傷つきなど含めた全てに向かい合ったとも言えます。なかった事にしたり、無視をしませんでした。)

主人公が得たかったのは、二人の未来ではなく(過去への未練ではなく)あの愛が本物だったという事実の方が重要だったのではないでしょうか。主人公自身、ヒロインとの未来があるとは考えていなかったと思います。

ですが、この作業を終えないことには、未来へと時間を進めることは難しいように思えます。

モンテ・クリスト伯ラスト

「もう終わったこと」、「どうにも取り返しのつかない事」、と周囲はそう言い放って終わりにしたがりますが、本人にとって決して簡単に終わりにできることではありません。

ましてや、主人公が体験したことを振り返れば当然の復讐心と言えるでしょう。先に述べたように、緻密に復讐を描かなければこのドラマのラストシーンは際立たなかったでしょう。

主人公の思いを浄化するには復讐心を辿ることがやはり必要だったのでしょう。

もうどうにも戻すことはできないことが人生にはたくさんあります。

元通りに戻すしか、同じようにやり直す道はないわけですが、それは不可能なことだらけなのです。

しかし、次へと人はそこから歩みを進めることも珍しい事ではありません。

※意見には個人差があります。

喪失を聴くもご参照下さい。