母親にわかってほしい気持ちはなぜかもう伝わらない

母と暮らしてきた家を離れたり、就職するとそれまでになかった経験も多くするものです。

例えば、大学で心理学を学んだ学生はそれまで考えもしなかった事柄や新しい発想、実験などに触れます。

そこに感動を覚える人もあれば、逆に失望する人もあります。また、深く考え込んだり、誰かと議論したくなることもあるでしょう。

そんな時、ついつい実家の母親に電話のついでに心理学の話をはじめる方もあるのではないでしょうか。

あなた何言ってんの?

なんでわかってくれないのしかし、多くの場合母親から満足な返答は返ってこないものではないでしょうか。

メラニー・クラインとアンナ・フロイトの理論を対比して考えると・・・エリクソンはエッリクの息子なのか?・・・バカボンのパパみたいな事?などと言っても・・・

むしろ、何をおかしなことばかり考えているのか、試験勉強はしたのか?などというように別な方向に話は進みそうです。

電話した本人としては、全く話が通じなかったと感じることでしょう。

なぜ話が通じないのか

これは、ある種致し方ないことであると思います。

というよりは、自立が促進した結果と見ることはできないでしょうか。

新たな出会いがあるかもしれない

自分の世界が深まっていくと、母親とは違う、新たな出会いが自然とはじまるように思います。

母親とは話が通じなくなるばかりで、どこか寂しい感じすらあるかと思いますが、それが成長していくということなのかもしれません。

これは母親との関係ばかりではなく、父親でも、友人でも、兄弟でも、恋人とでもありそうな話です。

孤独な悟り

自分の世界が深まれば深まるほどに、どこか孤独が増すという経験をお持ちの方は少なくないのではないでしょうか。

これを残念なことと捉えるか、別な捉え方をするか難しい所ではあると思います。

仏陀の話など見て、家族を棄てた人と捉える方もいます。

仲が悪くなったという事だけではない

母親やその他身近な人とある時から衝突が増えたり、喧嘩やすれ違いばかりになるなどということもあるでしょう。

これはそのまま見た目を捉えると、仲が悪くなってしまった、関係が悪化したと感じることになるでしょう。

決して納得いかない方もたくさんあると思いますが、しかし、先に述べてきたようなことを踏まえると、それは一人歩きの時が来たという風にも見えなくないものです。

人間関係や夫婦関係、親子関係においても、見た目そのままの関係が物事の本質を表していないことが往々にあるもののようなのです。