あれもこれももっともらしく見える

例えば就職や受験、結婚などのライフイベントを経験するときに、世間の考えや意見は、一つだけになることは極めて珍しい事でしょう。

多数派と少数派はあるにしても、一つの出来事に対して2つ以上の見方がなされることは起きやすいことです。場合によっては、多種多様な見方が提示されることもあります。

情報化社会などと言われる現代においては、その傾向は益々強まっているのではないでしょうか。

これはまさに、便利になったと同時に、わかりにくい世の中になったという二律背反的性が見て取れる現象です。表があれば常に裏が存在し、光と影も表裏一体なのだという事は、詩的な表現くらいに捉えるかと思いますがかなりリアルな表現なのです。

どちらももっともらしく正しそう

例えば、「就職は早く決めた方がいい」と考える人もいれば、「就職は土壇場で決まるくらいがいい」という二つの考えがあったとします。

前者は、なるべく早く準備を開始して、安定して仕事に臨めるようにすることが良いと述べ、後者は、それほど時間をかけるほどのものではなく、もっと別な経験をしたほうが就職後も役に立つと述べるかもしれません。

おそらく、この場合多数派は前者の意見ということになるでしょうか。

また、このような話を聞いていくと、どちらの言うことも頷けるように感じられることもあります。確かに、働くまでに準備期間が欲しいし、それなら早めに決めて、十分時間を確保した方が良さそうだとも感じるし、一生に一度のこの貴重な時間を就職活動で終わらせていいのかなぁ・・・とも感じなくもないわけです。

どれが必要なもの?

前者に分があるにしても、基本的にはこの問いかけに対する答えは1つに絞られるとは言えないものではないでしょうか。そして今回書いていることは、どちらが正しい主張なのかという点にフォーカスしているわけではなく、むしろ、どちらも正しく聞こえることがあるという人間の体験についてフォーカスしています。

人の意見をたくさん聞いているうちに、自分自身の考えがぶれてきてしまうこともあるでしょう。こうして考えて行くと、自分にとって必要な情報を選べたらブレも少ないだろうと想像しています。なるべく自分にとって、純度の高い情報ということになるでしょう。しかし、その情報にありつけるかどうかは難しい所です。そのため、不純物が混ざらなように、たいていの情報には警戒心をもって接触するという構えも、かなり妥当な構えなのではないかと感じられてきます。