温存は一つの戦略

社会活動の多くは、何かを処理したり、進展させたりと、早期に物事を進めようとすることが多いと感じます。アルバイトで例えれば、それもそのはずで、従業員を雇っている人からしたら、残業などせずに、時間内に収めて欲しいと思うことも当然ではあります。1時間につき、5人が残業したら、時給1050円だとして5000円以上のお金が発生してしまいます。これが仮に20日続いたら、10万円となるわけです。

ですが、物事には緩急があったり、メリハリという言葉もあったりします。

見かけ上何かが進展し続けているようであっても、あるときにガクッと傾いてしまう可能性もあるのです。

温存

マラソン選手など見ていると、非常にうまくペースを保ち、山場でスパートをかけています。とにかく早くということであれば、42キロ中の、数百メートルのところでばててしまうわけです。ですが、マラソン選手は、温存しながら、力の入れどころを待っているわけです。

明らかに、今すぐにそのことを進めないことは損害をこうむることがわかってしまうときでさえも、時には、温存する必要があるでしょう。温存の果てにチャンスはないかもしれない場合でさえも温存する価値はあるように思えます。そのことで、ダメージを最小限に抑えられることもあるのです。

例えば、先のマラソンの例で考えると、どうしても周りのスピードに影響され、自分も急ごうという意識が働くものです。

もし、直線よりも、やや登り道の方が自分にとって有利というランナーがいたなら、その人は直線では温存するかもしれません。マラソンの戦略からして、登り道でペースをあげる人がいるかどうかはわかりませんが、普段から登り道で訓練をしているならばそういう可能性も見いだせないものでしょうか。

このような戦略で走っているランナーは、見た目には、いまいちスピードが周りより遅れていると映るわけですが、それは戦略であって、体力を温存し、力を入れるタイミングを待っているわけです。もしこのことを忘れてしまったら、このランナーは登り道に辿り着く前に、自分のペースを崩し、急降下してしまうでしょう。

周りは早くとも、その少し後ろをついていく位の位置をとり、そのタイミングが来た時に、スピードを上げていくわけです。周囲のランナーはその姿を見て内心焦るでしょう。もしかすると、影響されてスピードを上げてしまい、体力を消耗しきってしまうランナーも現れる可能性があります。登り坂は彼らにとっての温存のタイミングであったにも拘わらずです。

こうして考えると、温存は地味ではありますが、必要なことのように、思えてきます。身近なところでは、動物たちが冬眠するのも、長い冬を乗り切るための温存戦略なのでしょう。