秒針の音を聞いていると気持ちが焦る

通常気にならずに過ごしている音があります。例えば、時計の秒針は小さく音を立てていますが、通常気になりません。

しかし、音は存在しているので、これはこちら側の意識の向け方に寄るところが大きいということになります。

意識を向ければ秒針の音も聞こえる

耳を澄ましてみるという言葉がありますが、実際に耳を澄ますとはどのようなことを言うのでしょう。しかし、我々はそれができます。

つまり、意識を音に集中しようとする方向に意図しているようです。

手を動かすとか、足を上げるとか、こういう動作は非常にわかりやすい話ですが、「目を凝らして見て」ぐらいになると少し難しくなってきます。

このようなことから、集中力とか意識というものは目で存在を確認しにくい内容ですが、確かに存在していて、そしてそれを我々はコントロールしてもいるようです。

意識や注意の話になったついでに述べておくと、駅の雑踏の中で我々は会話することができます。他の音にまぎれて、会話の声など聞こえなくようにも思いますが、平然と会話することができるのです。

もちろん、雑音の音量が極端に大きければ、どこかの時点で会話は難しくなると思いますが、たいていの会話が可能です。

このことは、カクテルパーティー効果と呼ばれる現象で心理学では説明されています。

何か気持ちが焦る

もう一つ触れたいのは、あの音を聞いていると気持ちが焦るようなことはないでしょうか。

つまり時間が着実に進んでいることを嫌でも突きつけられることになりますから、不全感があるような場合にはあの音は重くのしかかってくるのではないでしょうか。

そういう事なのではないかと感じています。

よく受験生の前では、落ちるとかすべるとか縁起の悪い言葉を使ってはいけないと言われますが、あれと近い話のように思います。受験生の前でそういう言葉は避けるべきでしょう。

機械仕掛けの時計に幾らやめてくれと言っても聞き届けてはくれません。携帯電話も同じようなものでしょう。電話が震えるたびにドキッとする方は多い事でしょう。

しまってしまいたくもなれば、時間を忘れて解放されたいこともあるものです。